日本人の感染者、死亡者が少ない理由として、日本人にはすでに集団免疫ができているからだと主張される「専門家」がいらっしゃいます。
集団免疫ができている根拠としては
①日本ではBCG接種を義務化しているから
②日本人は新型コロナウイルスに対して自然免疫があるから
③1月から入ってきた武漢由来の新型コロナウイルスによって獲得免疫ができているから
とのことですが、実態を十分説明できているか検証します。
①がよりどころにしているのは、
国境を接しているポルトガルとスペインで、ポルトガルの方が感染者数も死亡者数もスペインに比べ圧倒的に少ない。それは、「ポルトガルはBCG接種を義務化しているのに対し、スペインは義務化を取りやめたからだ。BCGは免疫力を高め、新型コロナウイルスの感染を予防できる」ということのようです。
NHK BS1「新型コロナ BCGワクチンに効果?」
https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2020/04/0428.html
から拝借した地図によると
ヨーロッパの多くの国は、BCG接種義務化をとりやめています。アジア、アフリカ、南米の国々はBCG接種義務化を継続していますが、アメリカ、カナダは元々広範なBCG接種は行われてきていません。
ジョンズホプキンス大学のCOVID-19関連のサイトhttps://coronavirus.jhu.edu/map.html
よりデータ(5月22日現在)を拝借し、10万人当たりの感染者数を横軸、10万人当たりの死亡者数を横軸にしてグラフを描いてみると、
確かに、ポルトガルはスペインよりは、感染者、死亡者は少ないのですが、BCG接種を義務化していないカナダと大差はなく、同じBCG接種義務国である日本、韓国と比べると感染者、死亡者は圧倒的に多くなっています。
①の主張にはあまり実態を説明できていないように思えます。
ポルトガルとスペインとの違いは、以下のグラフから最初の感染が確認されてから、全国封鎖をするまでに、スペインでは1か月以上かかっているのに対して、ポルトガルではその半分以下の時間で行っていること、スペインとの移動制限を国内の封鎖開始と同じタイミングの3月16日から実施していることが影響しているように思えます。
アメリカとカナダは、スペインと同じくらい全国封鎖をするのが遅かったようですが、BCG接種を義務化していないカナダは迅速に国内封鎖したBCG接種義務国のポルトガルと同レベルの感染者と死亡者の少なさです。やはり①は???ですね。
②については、「一部の人たちは自然免疫と獲得免疫の両方を使って不顕性感染の形でウイルスを撃退したのかもしれませんが、かなりの人たちは自然免疫だけを使ってウイルスを撃退した可能性があるのかもしれないということです。多くの人は感染が成立する前にウイルスを撃退したという可能性です。」とおっしゃっている免疫学の先生がいらっしゃいます。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200516-00178807/
自然免疫を無視したことを言う「専門家」がいるのは本当に困りものです。
国が保存血の抗体検査をしたら0.6%陽性(信用できる検査キットではありません)になったという発表をしたらすかさず、残り99.4%の人が感染することになるといった「専門家」がいましたが是非、免疫学のイロハから勉強し直して頂きたいです。自然免疫がなければ、人類はとっくに滅んでいます。人類最悪の新型インフルエンザであるスペイン風邪ですら、正確な人数については諸説ありますが、そのころの総人口20億人の内、感染したのが5億人、死亡したのが5千万人です。ワクチン、ECMO、ICUもない時代です。極悪なウイルスでも感染しない人はいるのです。
免疫学の先生は、①の可能性についても説明されていますが、疑似相関の可能性があることもおっしゃっています。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200405-00171556/
①の寄与度はほぼゼロだと思いますが、自然免疫についてはどうでしょうか。
自然免疫だけを使って新型コロナウイルスを撃退できた人も多くいるとは思いますが、中国周辺の国々とヨーロッパ諸国の間で感染者及び死亡者数がなぜここまで違うのか、アジア系と欧米系の遺伝子の違いから、新型コロナウイルスに対する自然免疫の力が違うというだけではこれだけの差を説明できないと思います。まして、同じ欧米系のカナダと米国の違いを説明できるとは思えません。
日本におけるCOVID-19と季節性インフルエンザの年齢別罹患率を図にしました。
20歳未満の感染者数は、COVID-19は全体の4%に過ぎないのに対して、季節性のインフルエンザは70%にもなります。COVID-19の未成年者の罹患率は非常に小さいです。
米国の場合は、18歳未満のデータになりますが、2.8%です。
③「12月から入ってきた武漢由来の新型コロナウイルスによって獲得免疫ができていから」については、簡単な計算でわかることですが、このような短期間で日本人の大多数が免疫を獲得することはほぼ不可能です。
中国人がよく訪れるアジアの国々の人々は新型コロナウイルスと親戚関係にあるコロナウイルス(SARS、MERSとそれらが変異して弱毒化した子孫や風邪のコロナ)に今まで何度も感染した人が多いので、完全とは言えないまでもそれなりに防御できるだけの免疫を獲得(獲得免疫)しているので無症状、軽症で済む場合が多いという考えもそれほど突飛ではないように思えます。カナダのトロントでは香港から帰国した人がSARSを持ち込み流行しています。
風邪のコロナを含めた風邪を引き起こすウイルスは、幼稚園、小学校、中学校、高校で蔓延し、そこでうつされた子供が家に持ち帰り、親を感染させます。そのため、成人でも30代~40代くらいまでは、コロナウイルスに対する免疫を高める機会があります。それに対して、50代以降は家庭に帰っても寂しく、免疫を高める機会が失われています。
今回の新型コロナウイルスでは、40代までの若年層で無症状~軽症の人が多く、致死率も低いのに対して、50代以降で高齢になるほど致死率が高くなる理由の一つとして以上のことも考えられるのではないでしょう。当然、加齢とともに、慢性疾患に罹患する率が高くなり、体力、免疫力も低下することが最大の理由ですが。
50代以降で複数回風邪をひく人の割合が、若年層に比べ明らかに減っているとの調査結果もあります。
中国周辺の国々で子供たちの間で蔓延している風邪のコロナウイルスに対する抗体は、欧米で流行っているものより、新型コロナウイルスに対してより有効なのではないでしょうか。
SARSの中和抗体(感染力を低下させる抗体)はCOVID-19の中和抗体でもあるとの研究結果が出ています。
A human monoclonal antibody blocking SARS-CoV-2 infection.
Wang C, et al. Nat Commun. 2020. PMID: 32366817 Free PMC article.
③「12月から入ってきた武漢由来の新型コロナウイルスによって獲得免疫ができていから」については、簡単な計算でわかることですが、このような短期間で日本人の大多数が免疫を獲得することはほぼ不可能です。
インフルエンザにかかると高熱がでるので、学校を休むことになり、他の子どもに移す機会が失われます。そのため同世代の子ども全体がインフルエンザに対する免疫を獲得するのに何年もかかるのに対し、風邪のコロナウイルスは軽症なので、お休みすることなく、あっという間に教室全体に広がります。その違いが、COVID-19と季節性インフルエンザの未成年の罹患率の違いになっているのではないでしょうか。
以上のことは、データを比較していると自ずと見えてくることだと思います。
数学、物理、化学、工学、経済等の分野で多変量のデータ解析がお好きな方々に是非医療に興味を持っていただきたいです。このままでは日本の医療は非科学的な因習が支配したまま自浄作用が働くことなく世界から取り残されていく一方です。
昔々、東大文一の友人が日本の政治家は三流だが、官僚は一流なので日本は大丈夫なようなことを言っていましたが、今や日本の権威すべてが世界ではランク外のように思えます。強い危機感を覚えます。